人に伝わるように書けるようになりたい:)


by 22Dec2008

na kha の代わりになる英語

タイ語では、語尾を和らげるためによく na kha (นะคะ)をつける。
Take good care of yourself na kha
I think this will be nice na kha.など
相手にこうしたほうがいいよ、という自分の意見を伝えるときの最後につけて、相手に自分の意見を押し付けない効果があるように思う。
タイ人の友達は英語でメールするときでも、(もちろん会話でも)ついつい、語尾にna khaとつけてしまう。私もいつしかそれが自然になっていた。

で、さっき、写真教室のクラスメートから来週の宿題についてメールがあった。
na khaはおそらく通じない。
na khaに変わる英語表現はなんだろう。
と考えているうちに、ことばで伝える努力をする癖が自動的に組み込まれているアメリンイングリッシュのすごさに少し気づいた。
" na kha"とは何?と自問自答し、感覚ではなく、ことばで表現すること。

まだまだ観察不足だけど、タイでは、「ことば」にしてしまうと、なんだかぼんやりとしていたことがその「ことば」によって固定されてしまうような感じがする。そして、その「ことば」に頼ってことばが独り歩きしてしまうような傾向があるような気がする。山岳民族の特徴はこれだ!と誰かが言ってしまうと、知らないうちにそのイメージが広く広まってしまう。あるい人はこれを思考停止というけど、そうじゃなくそれだけことばで表せない領域があることに敏感なんだと思う。人間の理解できる範囲には限界があるという、どこか謙虚なところがあるように感じる。時々難しいけど、私は決して嫌いじゃない。人間の考えていること、感じていることはそんなに簡単にことばにできないのに!ってタイにいるときなんでもことばで説明してほしそうなアメリカ人の友達を見て思ったのはまさにこの違いだったのかもしれない。

けど、ことばに頼らないと、目の前にいる人以外の人に伝えることはできない。もちろん、写真とかビデオとかそのほかの方法もあるけど、まずは「ことば」で伝えられるようになりたい私にとって、毎日喧々諤々と議論を続けているアメリカのテレビ番組を見ているだけでも結構勉強になる。早口でもきちんと自分の考え、気持ちを言っている。それに、いろんな意見を踏まえながら。一人三役くらいして自分の考えや感じていることをことばにしていく。この訓練はすごい。

文化によって、自分の意見を伝える方法、悲しみや困難を乗り越える方法、相手を気遣う方法などなどに違いがあるのが面白い。けど、それぞれの文化においてちゃんとそれらがあるのもまた面白い。
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by 22dec2008 | 2009-02-06 12:05 | 徒然草